TOPへ

ブログ

猫にも狂犬病

渡航ワクチンは、渡航する国や地域によって先方から要求されるものもあれば、自分を守るためにだけ接種すべきものもあります。私たちは海外に行くときにワクチンのことは考えないかもしれませんが、自分を守るため、そして自分を媒介した感染症を持ち帰らないために、渡航時にはワクチンについて検討してみることをお勧めします。

渡航ワクチンは大体、このような種類があります。(厚生労働省検疫所サイトより)

 

ざっと見ますと、黄熱病、狂犬病、ポリオだけが日本では感染しないと断言してもいいものです。それ以外は頻度は低いかもしれませんが日本でも感染するリスクがあります。

日本では感染しない黄熱病、狂犬病、ポリオと書きましたが、実際にポリオはWHOが西太平洋地域とヨーロッパ全土で2000年以降に根絶宣言が成されました。つまり2000年以降、日本や欧米では1人も感染者がいないのです。しかも日本では念のために乳幼児期全員に経口ワクチンを接種しています。というのもアフリカ、東地中海、東南アジアではまだポリオが存在しているのでそこからの感染を予防するためです。

黄熱病は蚊によって媒介されるウィルスが原因で、アフリカ大陸や南アメリカ大陸では罹患することがあり、致命率は20%です。

これらももちろん脅威ですが、もっと世界中に蔓延していて、しかも致命率が100%と恐ろしい狂犬病に対するワクチンの重要性を今回はお伝えしたいです。

狂犬病は世界中で発生しています。この世界地図は2013年のWHO発表の狂犬病発生状況を厚生労働省が地図に作成したものですが、黄緑の国だけが狂犬病発生がない国ですが、何と黄緑は日本とニュージーランドのみです。他は頻度の差こそあれ、世界中で発生しているのです。しかも感染した場合の致死率100%というのが、他の渡航ワクチン対象疾患より更なる脅威を示しています。

さて、狂犬病とはどういうものでしょうか?

狂犬病は感染動物に噛まれたり引っ掻かれたり、傷口や粘膜(眼や口など)を舐められたりすることで体内に侵入してきたウィルスが神経系の細胞に感染することで起こります。末梢の神経細胞に感染したウィルスはゆっくりと脳に向かうので脳に到達するまでに平均で一ヶ月から三ヶ月の期間(まれに数年もある)を要します。その間の症状は、発熱、空咳、頭痛、倦怠感など、普通によくあるものなので最初の症状で狂犬病を特定はできません。また、狂犬病に罹患しているのかどうか、発症するまでに診断できる検査方法はありません。そして脳にウィルスが到達したら筋肉が痙攣するためにものを飲み込めなくなり、液体(水など)を飲もうとすると筋肉が痙攣して苦しいので水を見るのも恐れるようになります(恐水病)、同様に風があたっても筋肉が痙攣するために風も恐れます。そして極度の不安症状、錯乱、幻覚、攻撃性を呈し、最後には昏睡状態から呼吸筋麻痺で死亡します。一方、静かに徐々に抹消から全身へと麻痺が進んでいって死に至るタイプの狂犬病が2割はあるといわれています。これは神経疾患と鑑別が難しいので狂犬病と診断されていないことが多いと考えられています。

生き残れるかどうかの最後のチャンスは動物に噛まれた後で症状が出るまでの間にワクチンを接種できるかどうかですが、感染しているかどうかがその時点ではどんな検査でも診断できない(国立感染症研究所サイトより)ので、また、海外にいて必要な時に狂犬病ワクチンを接種できるのかどうかも難しいので、一旦感染したら非常に厳しい状況にあります。なお、感染前にワクチンを接種して、感染後で症状が出るまでに更にワクチンを追加接種した場合で95%の救命率だということです。(ワクチン接種がなかったら0%の救命率なのでワクチン効果は非常に高いです。一方で100%ではないということに不安は残りますが。)

 

このように狂犬病はワクチンなしで狂犬病ウィルスに感染したら致死率100%という非常に恐ろしい疾患ですが、世界中で日本とニュージーランドだけ狂犬病が今のところないことは上に示しました。日本では昭和32年(1957年)を最後に狂犬病が確認されておりません。ところでこの狂犬病最後の年に確認されたのは犬ではなく猫の狂犬病です。猫だって狂犬病にかかるのです。他にコウモリや狐、ハクビシンなど大体の哺乳類は狂犬病に罹ります。つまりこういった野生動物に噛まれるとヒトが感染する可能性があるということです。尤も、日本最後の狂犬病猫はヒトには感染させなかったので、日本ではその前年、1956年を最後に誰一人狂犬病には感染しておりません。おそらく日本中の動物に狂犬病ウィルスはいないのだと思われます。しかし海外から動物を輸入することもあるので念には念を入れて、全ての飼い犬に狂犬病ワクチンが義務付けられております。ではなぜ飼い猫はワクチン接種義務がないのか?と考えると、犬の気持ちになってみると不公平な気もします。猫は犬より外を自由に動き回っている子もいるのに。しかし狂犬病が日本でも流行っていた頃には感染原因は95%が犬に噛まれたことだったそうです。

 

なお、世界の狂犬病感染源、つまりどの地域ではどういう動物から感染していることが多いのかをみると、このようになっております。

 

 

東南アジア以外では犬より他の動物から感染することが多いようです。アメリカではコウモリに噛まれることによる狂犬病が最も多いです(社団法人日本獣医師会サイトより)。一方で東南アジアやアフリカなどの貧しい国々では死亡原因を狂犬病ときちんと診断したりそれを報告したりしないので、実際の狂犬病患者数は報告されているよりもずっと多いのではないかと言われております。

このように、日本での狂犬病感染者はゼロでも、世界では感染者多発です。

過少報告されているとしても、それでも東南アジアは狂犬病最多地域です。確かに、東南アジアに行った時に私も野良犬達が平和に道端で暮らしているのをみて、犬好きの私としては、のどかでいいなあという気がしました。撫でてみたいとも思いました。犬がみんな痩せているのが切なくて、何か食べ物をあげたいとも思いました。ネパールの寺院で、痩せた母犬が12頭の丸々太った子犬に母乳をあげながら舐めている姿を見て、母犬を神々しいと思い、母犬も子犬も撫でたかったです。でもそれはしてはいけないことです。

一方で狂犬病は日本には70年間発生ゼロなので、日本ではワクチン自体あまりたくさん作られていないようで、昨今は出荷制限がかかっていて渡航時にワクチンを接種しようとしても手に入りにくいのです。しかし当クリニックでは渡航ワクチンの要請があればあちこちにお願いして何とか狂犬病ワクチンを手に入れているので、ワクチンが必要な方はお電話下さい。次も手に入るかどうかはわかりませんが、これまでのところが要請があった分は手に入れてきました。ふとまた考えてしまうのですが、犬用の狂犬病ワクチンはたくさん作っているはずなので、ヒトのワクチンが足りない時は犬用ワクチンを人に接種できないのかと。犬用で代用しないどんな理由があるのか調べてみましたが、今のところ分かりませんでした。必要量が違うからか、副作用の問題か、はたまた根本的に機序が違うのか。。。。少なくとも、安全性が確認されていないという問題はありそうです。いずれにしても日本国内でヒト用狂犬病ワクチンの需要があまりないから作っていないだけで、本当に必要ならば犬用を使えるかどうか検討する前にヒト用を作っている気がします。それにしてももう少したくさん作ってほしいなあというのが私の思いです。少なくとも希望者には必ず接種できるぐらいあったらいいのですが。

なお、多くの渡航ワクチンは効果を充分に出すためには複数回接種する必要があって、そのために渡航直前ではなく、何ヶ月も前から1回目の接種を開始する必要があることが多いのです。狂犬病ワクチンに関していうと、3回の接種が厚生労働省から推奨されていて、1回目から7日後に2回目接種、その3〜4週間後に3回目接種です。ワクチンは渡航直前に思い立って申し込むのではなく、ご利用はぜひ計画的に、です。