まず初めに健診とは何かといいますと、浅く広くざっと身体全体を検査して、問題はなさそうか、どこかに問題がありそうかの焦点を決めるだけです。健診を受けて健康問題が解決するわけではありません。問題がありそうな場合はそこに焦点を定めて精密検査をする必要があります。しかし問題がなさそうでも、健診に問題分野の項目が含まれていなかったとか、健診の感度ではそこまで検出できなかっただけで本当は問題がある場合もあります。あるいは健診で早期発見したところで現代の医療では特に有効な治療法がない場合もあります。
例えば、日本人間ドッグ健診協会では、
健診をしたために早期発見、早期治療が可能になって命とQOLが恩恵を受けるがんはこの5つだけだと明言しております。それは、子宮頸がん、胃がん、大腸がん、肺がん、乳がん です。つまり、他の全てのがんにおいては、何らかの理由で健診の結果が必ずしも有益性をもたらさないということです。健診はもちろん重要ですが、過信しすぎないことが必要です。
ここでは健診で異常値が発見されたけど、それを一般的な解釈で治療しても根本的な治療になっていないことが多い、その裏には内分泌疾患があるのにそれに気づかれないことが多い項目をいくつか挙げてみます。1)血糖値 2)コレステロール 3)肝機能異常 4)血圧 5)心電図異常 6)骨密度低下 あたりが、その背景疾患には気づかれないことが多い項目かと思われます。
血糖値 コレステロールが高くなる疾患
血糖値が異常に高いということは糖尿病であるということです。
しかしなぜ糖尿病になったのでしょうか。生活習慣によってなるII型糖尿病や、生まれつき、あるいは突然インスリン抗体などができて罹患するI型糖尿病が、本来の糖尿病と考えるとすると、他の疾患が原因で起こっている、本来の糖尿病ではない糖尿病がいくつかあります。この、他の疾患が原因で起こっている糖尿病は、もちろん糖代謝だけを改善しようと治療することも大事ですが、その背景にある疾患を治療しないと糖尿病はコントロールできません。内分泌疾患で糖尿病の背景にある疾患とは、1)甲状腺機能低下症 2)膵臓の内分泌機能異常 3)クッシング病、クッシング症候群 4)先端巨大症 です。これらの疾患を治療しない限り、糖尿だけ治療しようとしても糖尿病を改善することは困難です。
1) 甲状腺機能低下症
これまでも他の章でお話ししてきましたが、この疾患ではとにかく代謝が悪くなるので血液中の糖を細胞内に取り込んで代謝する力が弱く、結果として血糖値は上がったままで糖尿病状態になってしまうことが多いです。脂質も同じく、代謝分解できないので血中に漂っています。このように甲状腺機能低下症が原因で血糖値とコレステロールが高値になります。
2) 膵臓の内分泌異常
膵臓からインスリンが十分に分泌できない状態が糖尿病ですので、そもそも糖尿病は膵臓の疾患であるといえます。(例外としては、膵臓からインスリンを十分に分泌していてもインスリンに対する抗体ができていてインスリンの作用を阻害してくる場合や、細胞のインスリンの受容体側に問題があることもありますが。)
ところでインスリンは膵臓のβ細胞から産生、分泌されるのですが、膵臓のα細胞からグルカゴンというホルモンが産生され、グルカゴンは血糖値を上げる作用をします。正常な状況ではインスリンとグルカゴンが協調して、血糖値を上げたり下げたり、状況に応じて最適な値に保つのですが、グルカゴン産生腫瘍であるグルカゴノーマなどができて膵臓から過剰にグルカゴンが分泌されることがあります。グルカゴンが過剰に分泌されるので血糖値が上がり続けます。なお、このグルカゴノーマは皮疹(壊死性遊走性紅斑)も発症させるので、皮膚症状も診断の助けになります。なおここでは余談ですが、膵臓にはガストリンという胃酸分泌亢進を刺激するホルモンを過剰分泌させるガストリノーマができることがあって、この場合は胃に穴が開くまでも胃酸を分泌させることがあります。
いずれも、糖尿病とか胃潰瘍だけを治療しても状況はコントロールできないので、背景にある膵臓の内分泌腫瘍を見つけて取り除くことが唯一つの根本治療です。これらの腫瘍は良性のことも悪性のこともあります。
3) クッシング病、クッシング症候群
「体重が急に増加」のところでクッシング病とクッシング症候群の話をしましたが、いずれもコルチゾールの過剰分泌が原因です。そしてコルチゾールは血糖値を上げるので、コルチゾール過剰と共に血糖値が異常に上昇します。即ち糖尿病が発症します。この場合の高血糖は飲み薬ではコントロールできないので、必ずインスリンの注射が必要になります。同時に起こる肥満も、インスリンの必要量を増大させるので、コルチゾール過剰の治療をしないと血糖値のコントロールは困難です。なお、アレルギーや膠原病など様々な疾患の治療にステロイドが使われますが、コルチゾールもステロイドの一種です。即ち、クッシングのように自分でステロイドを過剰分泌していなくても、ステロイドを外から体内に過剰に入れた場合も同じで、その投与量と期間によって高血糖、糖尿病になるリスクが上がるのでご注意ください。なお、クッシングにおいては肥満と糖尿病だけでなく脂質異常症も起こります。なお、クッシング病は原因に応じて治療が可能です。
4) 先端巨大症
下垂体の良性腫瘍から成長ホルモンが過剰に分泌される疾患です。成長ホルモンの作用として肝臓におけるアミノ酸由来の糖新生の亢進、筋細胞における糖利用の抑制、血中遊離脂肪酸の増加が生じます。もちろんこれは適度であれば生体に有用なのですが、これまた成長ホルモンを過剰に分泌してしまうので先端巨大症の問題です。その結果、肝臓や末梢でインスリン抵抗性が惹起され、血糖値や血中脂質が上昇します。なお、成長期なら身長が高度に伸びます。成長期以降の成人ならば身長は伸びませんが、全額や下顎部の骨が成長して額や下顎が突出したり、鼻翼や口唇が肥大したり、手足が増大します(靴や手袋のサイズが大きくなる。)そして、額や下顎が突出して鼻翼や口唇も肥大するので、がっしりした感じになり、顔つきが別人のように変わります。
いずれにしても、先端巨大症では成長ホルモンの過剰な働きによって、糖尿病、脂質異常症、高血圧を呈します。この先端巨大症も、原因に応じて治療が可能です。
肝機能、血圧、心電図、骨密度に異常をきたす疾患
1)甲状腺機能低下症
肝臓での代謝が遅いのが理由でAST, ALTが高値になるのですが、健診では「肝機能異常」とだけ指摘されるかもしれません。しかし甲状腺機能子低下症の場合はもちろん、肝臓の治療が必要なわけではなく、実は甲状腺の機能が落ちているので肝臓の代謝速度も何もかもの代謝速度も遅いだけで、肝臓は悪くありません。肝機能を改善する治療などは必要なく、甲状腺を治療すると肝機能も、他の代謝機能も正常化します。なお、甲状腺機能低下症では血圧に関してはむしろ低くなることが多いです。
2)甲状腺機能亢進症
代謝が速すぎるので、まず心配なのは心臓です。心拍が速くなりすぎて、心房細動を起こして血栓が脳に飛んで脳梗塞になったり、心筋梗塞を起こしたり、そうでなくても長期間の頻脈によって心不全になるリスクがあります。
ところで骨というのは止まっているように見えて実はゆっくり壊してゆっくり作り直して、常に作り替えられているのです。ところが甲状腺機能亢進症では、代謝が速すぎて骨も猛スピードで壊しますが、作り直すスピードが壊すスピードに追い付かないので、総じて骨密度は低下して骨粗鬆症になります。この時、骨を壊すに伴って骨型のALP(ALPタイプIII)が増加します。しかし健診では大体は総ALPしか測定しないので、骨タイプのALPが増えている場合でも肝胆道系タイプの代謝酵素であるALPが増えていると誤解されて「肝機能異常」と誤診されることが多いです。
3)クッシング病/クッシング症候群
血糖値と脂質も上がりますが、血圧も上昇します。なお、ステロイド過剰により骨密度が低下して骨粗鬆症になります。なお、これらは薬として投与されたステロイドでも起こるので注意しましょう。
5) 先端巨大症
肝機能障害、高血圧、狭心症になりやすいです。一方骨は成長して骨密度はむしろ増加します。
6) 褐色細胞腫
あまり知られていない疾患ですが、意外に多い疾患です。副腎から、あるいは副腎外にできた腫瘍から、交感神経に働きかけるホルモンであるカテコラミン(アドレナリン、ノルアドレナリン)などが過剰に分泌される疾患です。これらは身体中の血管を収縮させたり、心臓の収縮脳を増加させるので、過剰に分泌されることで高血圧を呈します。他にも糖尿病や脂質異常症も呈しますが、高血圧は必発です。
実際に、高血圧の程度が激しく、いくら降圧剤を投与しても血圧が下がらない患者さんが時々おられますが、調べてみると血中カテコラミンが過剰で、副腎には腫瘍があるということがあります。報告によってまちまちですが、高血圧患者の数パーセントに褐色細胞腫がみつかったというデータもあります。
薬を飲んでも血圧が下がらない人は一度、副腎に腫瘍がないかを調べた方がいいかもしれません。
まとめ
健診で指摘された何らかの異常値の背景に疾患が隠れていることがあるとお伝えしたかったのですが、いきなり疾患名だけ出しても、その疾患がどういうものであるかを説明しないとわかりにくいと思いましたので疾患側から説明しました。しかし検査データ側からお話しした方がデータを見るときには便利かと思いますので、検査データから疑われる疾患を挙げてみます。
検査に異常が出た場合に背景に潜んでいる可能性がある内分泌疾患は、
- 血糖値が高い:甲状腺機能低下症、膵臓の腫瘍、クッシング病(症候群)、先端巨大症、褐色細胞腫
- コレステロールが高い:甲状腺機能低下症、クッシング病(症候群)、先端巨大症、褐色細胞腫
- 肝機能異常:甲状腺機能低下症、甲状腺機能亢進症、クッシング病(症候群)、先端巨大症
- 血圧が高い:甲状腺機能亢進症、クッシング病(症候群)、先端巨大症、褐色細胞腫
- 心電図異常:甲状腺機能亢進症、先端巨大症、褐色細胞腫
- 骨密度低下:甲状腺機能亢進症、クッシング病(症候群)
です。いずれも可能性があるというだけで必ずしもそうだというわけではありません。しかしながら治療してもなかなか効果が出ない時は、背景に別の原因が潜んでいないか調べてみることをお勧めします。