いつもだるいのにどこへ行っても「検査値は問題ないので気のせいでしょう」とか、女性なら「更年期でしょう、気になさらず」、とか言われて放置されて悩み続けておられる内分泌疾患の人は時々いらっしゃいます。私としても、そういうさまよっている人たちの力になることがクリニックを開いた甲斐でもあります。中でも「いつもだるい」というのは最も多くの内分泌疾患患者さんがおっしゃる主訴です。
だるい原因を発熱ありの場合と発熱なしの場合に分けて考えてみます。
発熱ありで、痛み部位もはっきりわかっている時は比較的きちんと診断、治療されることが多いです。例えばインフルエンザで喉が痛いとか、虫垂炎でお腹が痛いとかです。高熱が続くなら、原因不明の発熱であっても発熱の原因を求めて精密検査を進めるのが普通です。
一方で、発熱がない、または微熱(そもそも微熱すら、それがその人の通常の体温だとされることもあります。)の場合の「いつもだるい」という訴えは、軽視されがちです。しかし内分泌分野からみるとこの訴えには様々な疾患が隠れている可能性があり、しかも適切な治療をすれば完全に元の体調に戻せることが多いのです。治療をせずに悩み続けるのは人生の時間がもったいないと思います。もちろん、鬱病だったり別の原因がある場合もあるので全部の「だるい」を内分泌的治療で治せるわけではありませんが、悩みに直面した時には一つの選択肢として思い出していただければと思います。
だるさが主な訴えになりがちな内分泌疾患は1)甲状腺機能低下 2)甲状腺機能亢進 3)副甲状腺機能亢進 4)糖尿病 5)副腎機能低下 が、挙げられるでしょう。2)だけは微熱がある場合もあります。1)5)はむしろ体温が下がります。3)4)は特に体温の変化はありません。それぞれどんな疾患かざっと説明します。
この項は「いつもだるい」を説明する項ではありますが、他の項で説明する症状も多く含まれているので、他の項の症状も含めて赤字にしました。
1) 甲状腺機能低下症
甲状腺とは前頸部の皮下の比較的浅いところにある、羽を広げた蝶のような形をした臓器です。甲状腺から出るホルモンFT4, FT3は、身体の代謝の回転速度を司っているので、甲状腺からこれらのホルモンが作られて出てきて適度な濃度で血中に供給されないと、身体全体の代謝のスピードが適切に保たれません。T3,T4が少ない場合は、いつもだるいですし、代謝が遅いので食欲は落ちて食事量も少ないのにエネルギーが消費できないので体重が増えます。寒さには過度に弱くなり、夏でも寒いですし、腸の動きも悪いので便秘します。水の代謝も悪く、顔面、眼瞼、下肢などがむくみます。心臓の動きも遅くなり、胸水や腹水がたまりがちです。口唇や声帯も腫れるので、声が嗄れたりします。気分はうつ状態になり、何もしたくない、動くのもおっくうになり、そもそも思考が低下して記憶力も低下します。筋肉痛や痙攣(つるなど)が起こり、皮膚は乾燥して肌荒れになりますし、毛髪も乾燥しますし、脱毛も多くなります。そして眉毛の外側1/3が脱毛するのも特徴です。
私は、甲状腺機能低下症で何年も体調の悪いのを、病院が大嫌いなので放置していた方で、胸水、腹水がたまりすぎて呼吸ができなくなり、心臓の動きも制限されて心拍も弱くなって意識消失して救急車で運ばれてきた状態を治療したことがあります。とにかく呼吸ができて心臓が動けるように胸水を2リットルあまり抜いて、甲状腺ホルモンのお薬を処方したところ、二週間後には完全に回復して水で増えていた体重は20kgほど減ってすたすた歩いて帰られました。なお、二週間経ってようやく、「ああ、この人はこういうシャープなお顔の人なのね」とわかりました、当初は顔がむくみすぎていて別人のようになっておられました。
とはいえ、これはもちろん究極の症例で、この方は高度に体調が悪いのに受診していなかったので、ここまで状況が悪化しました。一般的にはもっと初期の段階でどこかを受診するので、その訴えは「いつもだるい」「何もする気が起こらない」「コレステロールが高い」「筋肉痛」「食事の量が減ったのに体重が増えた」「肌が荒れて脱毛が多い」などです。なお、甲状腺機能低下症の原因は、橋本病を含めて、いろいろあります。いずれも、甲状腺ホルモン補充などで完全に元の体調に戻せます。
2) 甲状腺機能亢進症
これは、先に書いた「甲状腺機能低下症」の逆のことが身体に起こっている状況です。つまり、代謝回転が速すぎるのです。これは非常にエネルギーを消耗して疲れます。代謝回転が速すぎるので、心拍数も増えすぎます。その結果、心臓は常にジョギングしているぐらいの速度で働き続け、息切れがして苦しいですし、動くと更に心拍数が増してしまいますし、心臓が疲弊してきたら心筋梗塞や心不全になってしまいます。そんなエネルギー消耗状態にいつもいるので、やはり常にだるいです。他に、腸が動きすぎるので常に下痢状態ですし、発熱と発汗が多く(平熱がそもそも37度台、38度台になることもあります。)、常に喉が渇きます。冬でも暑いと感じることもあります。そして常に焦燥感でイライラしたり、筋肉が勝手に小刻みに震え続けるので手が震えたり、手足に力が入らなかったり、エネルギーを消耗しているので食べても食べても体重が減り続けたりします。甲状腺機能が亢進する原因はバセドウ病など色々ありますが、バセドウ病の場合は眼球が突出してくることもあります。
なお、この甲状腺機能亢進症の程度が強い場合(甲状腺クリーゼといいます)は、体温調節異常、中枢神経異常(せん妄、精神病など)、心不全、心房細動、などが起こって命の危険が高く、救急車で搬送されてようやく助かるかどうかの場合も少なくありません。おそらく内分泌疾患の中で命の危険にさらされる患者さんの数が一番多いのはこの甲状腺機能亢進症だと思われます。
いずれにしても最初の症状はだるい、息切れがする、というものから始まることが多いです。
なお、この甲状腺機能亢進症の原因は、バセドウ病と亜急性甲状腺炎が殆どですが、これらは殆どの場合、薬で治せます。稀にしかない疾患ですが、プランマー病の場合も手術で治せます。
3) 副甲状腺機能亢進症
副甲状腺とは、前頸部にある甲状腺の上に4つある数ミリ程度の大きさの臓器です。臓器というのも不思議なくらいな小さな組織ですが、カルシウム感知受容体の機能を通して血液中のカルシウム濃度を常にモニターしていて、副甲状腺ホルモン(PTH)の分泌量を数秒単位で調節して、血液全体のカルシウム濃度を調節する重要な役割を担っているのです。副甲状腺機能が亢進すると、PTHの作用を通して腸管で、消化された食べ物からのカルシウム吸収を増やし、自分の骨を溶かしてそこからカルシウムを血中に取り込む作用も亢進し、腎臓からカルシウムを尿中に出さないようにします。(なお、正常状態では消化された食べ物の吸収率、骨を溶かしてカルシウムを取り出す量、腎臓から余剰のカルシウムを捨てる量は、血中カルシウム濃度をみながら常に調節されています。この調節がおかしくなるのです。)即ち、あらゆるところからカルシウムを取り込むので血中のカルシウム濃度が異常に高くなってしまいます。
カルシウムは神経伝達を担っているので、カルシウム濃度が高すぎると脳の神経も身体の運動神経も伝達がおかしくなり、まず起こるのは倦怠感(だるさ)、それから性格変化(怒りっぽくなったり、常にイライラしたり)、精神障害などです。それから食欲が低下して、情緒不安定になります。血圧は上がり、喉が渇き、皮膚や腎臓やいろんなところが石灰化するので掻痒感や腎機能低下や、それから便秘や膵炎、不整脈から心停止など、高カルシウム血症の程度が強かったり長引くといろんなことが起こります。なお、骨からカルシウムを溶かして血中に送り続けるので骨自体ももろくなって折れやすくなります。
副甲状腺機能亢進症は、薬だけで改善できる場合も多いですが、手術が必要な場合もあります。いずれにしても副甲状腺機能に問題があることにまず気づかなくては治療も開始できません。治療によってカルシウム値はコントロールすることが可能です。
4)糖尿病
とても有名な疾患ですが、意外に知られていないのは、これは膵臓における内分泌疾患だということです。具体的には、血糖を下げるに十分なインスリンを膵臓が作れないことが糖尿病の原因です。糖尿病の症状は色々ありますが、やはりまず全身倦怠感(だるさ)が挙がってきます。他に、喉が渇く、多飲多尿、体重減少などがあります。太っていることが糖尿病の状態だというイメージを持っておられる方も多いと思いますが、太っていることがきっかけで発症することは多いのですが、本格的に悪くなると痩せます。というのは、糖尿病の本態はインスリンが十分作れないことだと先ほど書きましたが、私たちはそもそも血液中にある糖分(グルコース)をインスリンが細胞に吸収させることで生きていくエネルギーを作り出しているのです。その結果、血糖値はある程度以上には高くならず、それ以上の分は全て細胞に吸収されるのがあるべき姿です。しかしインスリンが足りないので細胞に十分吸収できず、余分な糖分が血液中に漂うことになります。この結果、細胞は栄養不足で十分に活動できず飢餓状態ですし、血液中には糖分が過剰に残って漂っております。この「細胞が栄養不足」によって起こる症状と「血液中には糖分が過剰」によって起こる症状の合計が糖尿病です。そもそも血管は高血糖に耐えられるようにはつくられていないので、糖濃度の高すぎる血液が血管をいつも流れていると血管壁は炎症を起こし、動脈硬化を起こして内腔が狭くなってしまいます。ただでさえ狭くなっている血管にどろどろの糖分を含んだ血液が流れてくると、細い血管ほど詰まりやすくいです。この結果、細い血管(眼底の血管、腎臓の血管、手足の先の血管)がまず詰まることが多くて、詰まった先は壊死してしまうので、四肢のしびれなどの神経症状、眼底出血、場合によっては失明も起こるし、腎不全が進行します。心臓の血管や脳の血管も詰まりやすいので心筋梗塞や脳卒中なども起こります。一方、細胞は栄養不足でふらふらになっている状況ですから免疫力も落ちていて、感染症に弱くて、様々な感染症にかかりやすくなりますし回復も遅れます。怪我をした場合も組織の修復が遅い上に化膿しやすくなります。
これらは糖尿病の進行した状態ですが、最初の症状は「だるい」「喉が渇く」あたりから始まることが多いです。「体重減少」は、糖尿病が進行してから起こります。
尤も、最近は最初の自覚症状よりも前に健診でみつかることも多いかもしれませんが、この早期発見、早期治療は非常に良い傾向だと思われます。
5)副腎不全
副腎というのは腎臓の上に載っている3cmぐらいの小さな臓器ですが、ここでは多くのホルモンを適切な量作り、血液中から身体に巡らせて血圧、血糖値、水分量、塩分濃度などを最適に保っています。この中でも特にコルチゾールと呼ばれるホルモンは肝臓での糖の新生、筋肉でのタンパク質代謝、脂肪分解をしてエネルギー産生を行っており、私たちの生命エネルギーを生み出しているので生きていく上で不可欠なホルモンです。炎症を鎮める作用も強力です。
私たちが精神的、身体的なストレス(怪我とか病気とか)を受けたときに脳からの刺激を受けてこのコルチゾールはストレスの程度に応じて分泌量されます。刻々と変わる心身のストレス状況に応じてコルチゾールの分泌量も刻々と変化しているのです。そして組織の修復や炎症の抑制、生命活動に必要なエネルギーをその状況に応じて受けて私たちは生きていくことが出来るのです。ところが何らかの原因でこのコルチゾールの分泌量が、その時の必要量に比べて少ないと、その少ない度合いに応じて体調は悪くなります。少しの不足なら全身倦怠感(だるさ)、食欲不振、無気力、うつ状態などが生じます。もっと不足が長期にわたると、体重減少、血圧低下、下痢、嘔吐、皮膚の色素沈着と菲薄化(関節部分の皮膚や爪や口腔内が特に黒くなり、全身の皮膚が黒っぽく、皮膚自体が薄くなります)、そして治療が遅れると生命活動ができなくなって死亡します。エネルギーを得られなくなった細胞は感染症にもかかりやすくなるので、感染症が原因で死亡することも多いです。
しかしこれもまた究極の状態であって、初期には「だるい」「気分が悪い」という症状が認められます。
なお、この疾患もまた症状の原因と程度によって治療方法が変わってきますが、コルチゾールを投与することによって生命維持もQOL維持も可能です。つまり治療ができるということです。
まとめ
他にもだるくなる疾患を挙げたらきりがないですが、まずだるいことから始まる内分泌疾患を挙げてみました。いずれも治療で回復するので、治療せずに苦しみ続けるのは人生の時間がもったいないです。現代医学ではまだ治せない疾患は多々ありますが、治療でコントロールできる疾患は是非治療して、より快適な毎日を過ごされますように。
一方で内分泌分野は医学分野としては王道ではなく、知る人ぞ知るマニアの領域にあると私は思います。王道というのは何かというと、呼吸器(肺など)、循環器(心臓など)、消化器(胃や腸など)、神経系(脳卒中など)です。そのため、体調が悪い場合は大体の場合は病院で、胃や腸や消化器に問題がないか、頭に問題はないか、熱はないか、心臓と肺に問題がないか、貧血や炎症反応がないか、などをみて、「問題なし」と判断されることが多いのです。しかし、身体の中には甲状腺ホルモンやら副甲状腺ホルモンやら、副腎ホルモンやら、その他もろもろのホルモンが活動していて、それが問題を起こしていることもあることを思い出していただいて、「いつもだるい」などの場合は当院を受診していただけると、お力になれることもあるかと思います。